満里(まり:仮名) は11月22日 (いい夫婦)の日に産まれました。

 

 

満里がお腹にいることが分かった当時

私は福祉施設で働いていました。

 

 

福祉施設は24時間体制だったので

当直や早出、遅出といった

交代制勤務が多く

 

体力的に負荷がかかっていたのかもしれません。

 

妊娠が分かってすぐの頃から

切迫流産で入院になり

入院中から悪阻(激しいつわり)で栄養失調になりました。

 

妊娠後期には「切迫早産」…

 

出産の時には

「羊水が減って赤ちゃんの心音が落ちている」

「緊急で帝王切開になるかもしれない」と

 

麻酔科のある病院へ緊急入院になりました。

 

多くのお母さんたちが

妊娠、出産では

色々な困難を経験すると思いますが

 

私も「これでもかぁ~」というくらいに

 

あらゆるトラブルに見舞われた妊婦でした。

 

 

私にとって、たった一人の娘を

妊娠し出産することは

 

本当に

命がけでした。

 

でも、この経験があったおかげで

 

人の痛みも分かるようになり

 

私自身も  強くなれたのだと思います。

 

 

陣痛促進剤を使って

16時間かけてようやく出産した時

 

分娩室で立ち会った主人は

顔をぐしゃぐしゃにして泣いていました。

 

 

 

生後2ヶ月目

 

年明け早々から、満里の首の周りには、

ジュクジュクした湿疹ができていました。

 

機嫌が悪くて お昼寝はおろか

夜になっても全然寝てくれる様子がありません。

 

毎日2時間半おきの授乳

気持ちも、身体も、くたくた…

 

乳腺炎もあったので

授乳の前にはマッサージが必要でした。

 

 

夜中の授乳は冷えるため

いつも神経を尖らせて

 

この時期 私は「育児ノイローゼ」の状態だったと思います。

 

 

満里の首の湿疹が

とても気になりました。

 

 

「どこもお正月休みなのに、何てタイミングだろう・・・。」

「たくさん着せすぎたかな? 何かの感染症かな・・? 熱が出たらどうしよう・・・」

 

ぐるぐる考えて あれこれ心配しても、

育児書には答えが書いてありません。

 

とりあえず在宅医の小児科へ駆け込みました。

 

 

今、振り返って思うと

これが満里の「病院通い」の始まりでした。

 

「アトピー性湿疹かもしれませんね・・・。」と

医師から説明を受けました。

 

看護婦さんには

「わざわざ病院に来なくても…様子見ててよかった程度なのに・・。」

と言われました。

 

あの時は、病院に行くしか方法が分からなかったのですが

今は、あの看護婦さんの言葉の意味が

少しわかります。

 

もしかしたら、そのうち

満里自身の免疫力で

湿疹は自然に治ったかもしれませんが

 

湿疹→病院→薬!

この選択肢しか 浮かびませんでした。

 

 

首の回りは、ステロイドを少しとヒルロイドソフトを混ぜた軟膏を

全身には青い半透明の軟膏を塗るように言われました。

 

「乾燥させないように、入浴後、浴室の蒸気のある中で軟膏を塗るように。」

 

 

食事のアドバイスもいただきました。

キノコ類、ヨーグルトなどの乳酸菌食品、納豆などをよく食べさせるように。

病院で処方された薬は 最後まで飲ませるようにしました。

 

塗り薬は、教えて頂いたとおりに塗るようにしました。

 

アドバイスを頂いたとおり

離乳食が始まると

キノコ、ヨーグルト、納豆を

よく食べさせるようにしました。

 

薬を塗ると 首回りの湿疹は落ち着きましたが

 

他のアレルギー症状(鼻炎や喘息)は

この頃から既に、ズルズルと始まっていたように思います。

 

 

風邪をひいたら「早く病院へ行きなさい」と勧められました。

 

アレルギーについても

「病院に行けばそのうち治る」とずっと思っていました。

 

 

 

生後:1歳頃

 

育児休業が明け、職場に復帰しました

 

11月生まれの満里は、保育園に通い始めたのが寒い時期だったこともあって、

入園してすぐから「感染性胃腸炎」や「風邪」をひくことが

多くなりました。

 

しばらくしてアレルギー性鼻炎や喘息も発症しました。

 

いつも、鼻水がぐずぐず出ていて

痰がからみました。

満里が咳を始めると 「発作じゃないか」と

気が気ではありませんでした。

 

「喘息発作で 亡くなることもある」と

何度も医師から聞いていたからです。

 

喘息は、いつもステロイド剤の吸入をしていましたが

風邪をひくと「ゼロゼロ」と痰が絡んだ呼吸がひどくなり

 

「吸入機」を病院から借りたり

夜中の発作で救急車を呼んだりしたこともありました。

 

 

2~3歳頃からは、

「小児科」と「耳鼻科」の両方へ通院するようになりました。

 

喘息と皮膚は「小児科」で、アレルギー性鼻炎と中耳炎は「耳鼻科」です。

 

滲出性中耳炎は「水が溜まると言語の発達や成長の妨げになる」と

医師からも言われていたので

頻繁に切開手術を行っていました。

 

薬は抗アレルギー剤と抗生物質をいつも飲ませていました。

 

薬がなくなったらまた症状が出るので

仕事の休みの日は小児科と耳鼻科へ通院です。

 

どこかへ出掛けたり外で遊ばせることも「体調が悪いからやめておこうか」と

気をもんでしまうような状況でした。

 

 

満里が4歳の時、滲出性中耳炎があまりにも繰り返していたので

主治医の勧めで「全身麻酔をしての手術」をすることになりました。

 

 

「アデノイド除去」と「チュービング処置」の為です。

 

アデノイド除去は、喉の奥にある組織を削って鼻水が耳に行かないように通り道を作るため、

チュービングは鼓膜に穴を開けた状態を保ち、水が滲出しても耳が聞こえる状態を保つようにするためです。

 

 

しかしながら、アデノイド除去・チュービング手術をしても、

アレルギー症状が改善することはありませんでした。

 

 

お薬手帳は何冊にも増えていくばかりでした。

 

抗生剤を飲ませ続けていることに

「どうにかしなければ・・・」

「どうしてだろう・・・」 と思いながらも

 

 

どこかで

「病院にはちゃんと行っているんだから大丈夫。」という

“安心感”がありましたし

 

食事は手作り

市販のお菓子はあまり食べさせないように・・・・と

 

出来るだけ食材にも気をつけて

「ちゃんと食べさせている」つもりでいました。

 

仕事、家事、育児に追われる毎日の中で

「それなりに、やれることはやっているはず・・・」

 

他に、どうしたらよいのか

方法がわからないまま、

通院を繰り返しながら 満里は小学校へ上がりました。