H27年9月

夏休みが明けて学校が始まると、周囲は体育祭の準備で忙しく動き始めました。

満里は、鼻炎の症状はほとんどなくなって、皮膚も随分回復していましたが、

太ももやふくらはぎが赤く熱を持っている様子や

足首にピンク色の盛り上がりが残っていました。

 

 

まだ、皮膚が気がかりな状態だったので、

今年の運動会は  日焼けを防ぐために、「見学」させて頂くことにしました。

 

このため、満里は、「ダンス」や「団技の練習」などは、

ほとんど参加することができませんでした。

 

 

昼休みは、他の女子生徒たちが体育館で「ダンス」の練習をすることも多くなり、

満里はだんだんと居場所がなくなりました。

 

そして、昼休みを一人で過ごすようになりました。

 

 

 

 

「今日は一人で図書室に行って涼もうと思ったら、人がいっぱいでね、教室でずっと宿題してきた~。」

 

 

満里からは、そんな報告を受けることが多くなり、私は胸の奥がキューッと切なくなりました。

 

明らかに気持ちは沈んでいるのに、落ち込んだ様子では話さない満里。

 

 

こんなちょっと辛い報告を受けた時には、

私はあえて、元気に笑顔で答えるようにしていました。

 

 

「おお!良かったね~宿題が終わって。今日はこれから心置きなくテレビ見放題だね(笑)!!」

 

 

私自身は いつも通り、元気に、笑顔で

気持ちを落とさないように 満里に関わっていこう、と思いました。

 

 

そして、「休み時間、一人で過ごすのも良いよね。

お母さんも、結構、一人でいるの気楽で好きだからね。」

 

 

と「一人でいる事」も「割といいよね」と、

今の現状を出来るだけ“プラス“に捉えられるように、

意識しながら言葉をかけるようにしていました。

 

 

 

9月13日(日)

学校での過ごし方が気がかりな中で、体育祭当日がやってきました。

 

私は、今回の体育祭に応援へ行くのが

実は何日も前から億劫で仕方がありませんでした。

 

 

ひとつはお弁当の準備です。

今回は「揚げ物」以外のおかずを作らなければならなかったので、

数日前から色々な「煮物」を作り置きし、野菜がたくさん取れるように考えました。

 

今回のお弁当はとっても地味な色合いになりました。

 

でも、何よりも億劫だったのは、満里の出番が何もない運動会で、

私自身が何となく

「居心地の悪い感じ」がしていたからだと思います。

 

 

“アトピーの治療中”という事は、部活の他のお母さん達や

友達のお母さんも知ってくれているし

心配して連絡して下さる方もいました。

 

 

でも、それまでの参観日やPTA役員の会合を度々欠席していた時に

「大した病気じゃないのにね。」という雰囲気を、

私自身が勝手に感じていました。

 

 

「他の病気だったら、もっと周りにも理解してもらえたんだろうか・・・。

こんなに努力して、色々なことに気をつけて、我慢もしながら治療しているのに・・・。」

 

 

そんな「なかなか理解してもらえない辛さ」や「何となく居心地の悪い感じ」という状況に、

私や満里は、色々な場面で、度々悩まされていました。

 

 

 

幸いにも、体育祭当日、満里は、「救護班」での仕事を与えられて、

養護の先生の手伝いをさせて頂きました。

 

この1日に「できる事」で役割を与えていただけたことは、

満里にとっても私にとってもとてもありがたいことでした。

 

 

満里は、1日中忙しく、体育祭で怪我をした生徒のクーリングや包帯を巻く手伝いをして過ごしました。

 

 

「養護の先生からね、『すごく助かった~!気が利くね^^』って褒めてもらったー!すっごい楽しかった~!」と久しぶりに元気な笑顔で帰ってきました。

 

夏休みが明けてから日ごとに元気がなくなっている様子がとても気になっていたので、

この日は本当に「ホッ」と安心しました。

先生方の対応にとても感謝しました。

 

 

9月15日(火)

ほっとしたのも束の間、運動会が終わり日常の生活に戻ると、

また学校での満里の様子が気がかりになりました。

 

 

この頃の「治療日記」には、

『何となく・・・ちょっとした身だしなみ、はみがきや片付けなど基本的な事を、親が言わないとほとんどできなくなっているのが気になる。清潔への意識がないのか?意欲がわかないのか??気持ちが落ちている??鬱々した印象がある・・・。』と満里の様子を書いています。

 

 

「満里は「辛い」とか「きつい」とか あまり何も言わないけれど、このままで大丈夫だろうか。

学校での居場所を取り戻さないと、ストレスが大きくなってしまうんじゃないだろうか・・・・。」

 

また、どうしようもない不安と焦りが生じてきました。

 

そして、この頃には皮膚が落ち着いてきたことから、

「満里は、早めに部活に復帰した方がいいんじゃないかなあ。

『居場所』と『ストレス発散』にもなるんじゃないかな・・・。」

そんな考えがよぎるようになりました。

 

 

私の中では、「5月に経験した『離脱症状』で、漢方薬治療の『好転反応』はほぼ終わった。

これからは、どんどん良くなる方向へ向かうだろう。」と、そのような見通しで考えていましたし、

せっかく、「運動部に入りたい」と意欲的になった気持ちの「芽」を摘みたくない、

そんな風にも考えていました。

 

 

 

「ねえ満里、皮膚も落ち着いてきたから、また部活を始めたらどうかな??

久しぶりにテニスやりたくない??」

 

満里「ああ・・、そうだね~。手首とかひじの皮膚も突っ張らないし、

ラケット振っても痛くなくなってきたしね。

もう、大丈夫かなあ・・・。そういえば、もうすぐ中体連だね。」

 

 

さっそく、次の受診の時に漢方先生へ「10月からの部活復帰」が大丈夫かどうかを相談してみることにしました。

 

「もう、大丈夫なんじゃないかな。」そんな気持ちで、部活への復帰を考え始めたのです。

 

この時は、「更に激しい離脱症状が起こる可能性がある」とは、全く想像できていませんでした。